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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)8746号 判決

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、金三四六二万三八七五円及びこれに対する昭和五八年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを八分し、その七を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

1(主位的)

被告は、原告に対し、別紙株券目録記載番号1ないし14の株券と同一銘柄、同一数量の株券を引き渡せ。

2(予備的)

被告は、原告に対し、二億九六九一万一九〇〇円及びこれに対する昭和五八年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告の外務員である高杉征二(以下「高杉」という。)を通じて被告に預託(この預託の基礎となる契約関係についての原告の主張は、後出原告の主張1(一)(1)ないし(7)記載のとおりであって、以下、この契約関係を「本件各契約」と総称する。)した株券(以下「本件各株券」と総称する。)を高杉に不法に領得・処分された(以下、原告主張の高杉による本件各株券の領得・処分を「本件不法行為」と総称する。)として、被告に対し、主位的に本件各契約の終了を原因として本件各株券と同一銘柄、同一数量の株券の引渡しを、予備的に民法七一五条に基づく損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  被告は、証券取引法に定める証券業を営むことを目的とする株式会社である。

2  高杉は、少なくとも昭和五五年九月二〇日ころから昭和五八年三月二日ころまでの間、被告における証券取引法上の外務員であり、被告の使用人であった。

3  本件各株券のうち、

(一) 別紙株券目録記載番号1の三菱重工業株式会社の株券(以下「本件三菱重工株券」という。)は、原告が、昭和五五年六月二〇日に、

(二) 同目録記載番号4の厚木ナイロン工業株式会社の株券(以下「本件厚木ナイロン株券」という。)は、原告が、昭和五六年一月二一日に、

(三) 同目録記載番号6のセーレン株式会社の株券(以下「本件セーレン株券」という。)は、原告が、昭和五六年二月一〇日に、

(四) 同目録記載番号11のアサヒビール株式会社の株券(以下「本件アサヒビール株券」という。)は、原告が、昭和五六年六月二七日ころに、

(五) 同目録記載番号13の川崎製鉄株式会社の株券(以下「本件川崎製鉄株券」という。)は、株式会社犬印本舗(以下「犬印本舗」という。)が、昭和五七年八月三〇日に、

それぞれ取得したものである。

4  原告は、被告に対し、昭和五八年一一月一七日付け告知書(同月一八日到達)により、本件各契約を解約する旨の意思表示をするとともに、同告知書到達後一〇日以内に、本件各株券を返還するよう請求した。

二  原告の主張

1  主位的請求について

(一) 本件各契約の締結

(1) 原告は、高杉に対し、昭和五五年九月二〇日ころ、本件三菱重工株券の名義を原告以外の他人名義に書き換えることを委託し、本件三菱重工株券を高杉に引き渡した。

(2) 原告は、高杉との間で、昭和五六年一一月ころ、被告における三菱瓦斯化学株式会社の株式の信用取引による買い付け(以下、株式の信用取引による買い付けを「信用買い」という。)のための委託保証金代用有価証券(以下「代用有価証券」という。)として、別紙株券目録記載番号2の株式会社ツガミの株券(以下「本件ツガミ株券」という。)及び同目録記載番号3の株式会社ミドリ十字の株券(以下「本件ミドリ十字株券」という。)を被告に預託する旨合意し、これらを高杉に引き渡した。

(3) 原告は、高杉との間で、昭和五六年一二月一日、被告における鐘淵化学工業株式会社の株式一〇万株の信用買いのため代用有価証券として、本件厚木ナイロン株券、別紙株券目録記載番号5の宇部興産株式会社の株券(以下「本件宇部興産株券」という。)及び本件セーレン株券を被告に預託する旨合意し、これらを高杉に引き渡した。

(4) 原告は、高杉との間で、昭和五七年六月二八日、被告における三菱瓦斯化学株式会社の株式の信用買いのための代用有価証券として、別紙株券目録記載番号7の山村硝子株式会社の株券(以下「本件山村硝子株券」という。)、同目録記載番号8の松下通信工業株式会社の株券(以下「本件松下通信株券」という。)、同目録記載番号9のホーヤ株式会社(当時、「保谷硝子株式会社」という商号であったが、後に「ホーヤ株式会社」と商号変更されている。)の株券(以下「本件ホーヤ株券」という。)、同目録記載番号10の株式会社三和銀行の株券(以下「本件三和銀行株券」という。)及び本件アサヒビール株券を被告に預託する旨合意し、これらを高杉に引き渡した。

(5) 原告は、高杉との間で、昭和五七年七月二九日、被告における東ソー株式会社(当時、「東洋曹達株式会社」という商号であったが、後に「東ソー株式会社」に商号変更されている。)の株式の信用買いのための代用有価証券として、別紙株券目録記載番号12の日本電装株式会社の株券(以下「本件日本電装株券」という。)を被告に預託する旨合意し、これを高杉に引き渡した。

(6) 原告は、高杉に対し、昭和五七年九月二八日、本件川崎製鉄株券の名義を書き換えることを委託し、これを高杉に引き渡した。

(7) 原告は、高杉に対し、昭和五八年三月二日ころ、被告を通して別紙株券目録記載番号14の電気興業株式会社の株券(以下「本件電気興業株券」という。)を売却することを委託し、これを高杉に引き渡した。

(二) 証券取引法六四条一項は、「外務員は、その所属する証券会社に代わって、その有価証券の売買その他の取引に関し、一切の裁判外の行為を行なう権限を有するものとみなす。」と定めている。高杉の右(一)記載の行為は、その所属する被告の「取引」に関してなされたものということができ、その効果はすべて被告に帰属する。

(三) したがって、被告との間の契約を解約した(前記一4)原告は、原告が被告に預け入れた有価証券について、その株券と同一銘柄、同一数量のものの返還を請求することができる。

2  予備的請求について

(一) 本件各株券の取得経緯(前記一3を除く。)、本件各契約の締結及び高杉の本件不法行為について

(1)① 右1(一)(1)に同じ。

② 右受領後直ちに、高杉は、原告に無断で、株式会社光信企業(以下「光信企業」という。)に対し、自己の借金の担保として本件三菱重工株券を差し入れたが、さらに、高杉は、その後、同社に対し、同株券の売却を委託し、同社は、同株券を第三者に売却し、引き渡した。

(2)①ア 株式会社犬印本舗(以下「犬印本舗」という。)は、昭和五六年一一月ころ、本件ツガミ株券を取得した。

イ 犬印本舗は、昭和五二年あるいは昭和五三年ころ、株式会社ミドリ十字の株式二万株を取得し、その後、同株式に対する無償増資割当てにより、本件ミドリ十字株券を取得した。

② 右1(一)(2)に同じ。

③ 右受領後、高杉は、原告に無断で、株式会社三和証券信用(以下「三和証券信用」という。)に対し、自己の借金の担保として、昭和五七年三月二五日に本件ツガミ株券を、同年七月二九日に本件ミドリ十字株券をそれぞれ差し入れた。本件ツガミ株券は、昭和五八年四月二八日、本件ミドリ十字株券は、同年四月一八日、それぞれ三和証券信用によって第三者に売却され、引き渡された。

(3)① 原告は、昭和五五年ころ、本件宇部興産株券を取得した。

② 右1(一)(3)に同じ。

③ア 高杉は、原告に無断で、三和証券信用又は光信企業に対し、自己の借金の担保として、本件厚木ナイロン株券を差し入れ、同社は、後に同株券を第三者に売却し、引き渡した。

イ 高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、昭和五七年七月二九日、本件宇部興産株券を自己の借金の担保として差し入れ、その後、同社は、同株券を第三者に売却し、引き渡した。

ウ 高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、昭和五七年七月二二日、本件セーレン株券を自己の借金の担保として差し入れ、その後、同社は、昭和五八年四月一五日、同株券を第三者に売却し、引き渡した。

(4)①ア 原告は、昭和五四年三月二〇日ころ、本件山村硝子株券を取得した。

イ 原告は、同年七月一三日ころ、松下通信工業株式会社の株式三〇〇〇株を取得し、昭和五五年一一月、右三〇〇〇株に対する一割五分の無償増資割当てにより、本件松下通信株券のうちの四五〇株の株券を取得し、次いで、昭和五六年一月、右四五〇株に対する一割の無償増資割当てにより、本件松下通信株券のうち四五株の株券を取得した。

ウ 原告は、昭和五三年一〇月ころ、本件ホーヤ株券を取得した。

エ 犬印本舗は、昭和五一年四月ころ、本件三和銀行株券を取得した。

② 右1(一)(4)に同じ。

③ア 右受領後、高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、昭和五七年六月二八日、自己の借金の担保として、本件山村硝子株券、本件松下通信株券、本件ホーヤ株券、本件三和銀行株券及び本件アサヒビール株券を差し入れた。

イ 高杉は、右担保差入れの後、三和証券信用から、昭和五七年九月一七日に、本件山村硝子株券のうちの三〇〇〇株を、同月二八日に残りの二〇〇〇株をそれぞれ引き出したうえ、原告に無断で、大阪市東成区の富田某に対し、自己の借金の担保として差し入れ、その後、同株券は担保流れとなった。

ウ 本件松下通信株券、本件ホーヤ株券、本件三和銀行株券及び本件アサヒビール株券は、右担保差し入れの後、昭和五八年四月一五日、三和証券信用によって第三者に売却され、引き渡された。

(5)① 犬印本舗は、昭和五二年一一月二一日ころ及び同年一二月一九日ころ、それぞれ日本電装株式会社の株式一万株ずつを取得し、その後、昭和五三年一月ころから昭和五七年六月ころにかけて、七回の無償増資割当てにより合計一万七二〇二株を取得しており、本件日本電装株券は、右無償増資割当てにより犬印本舗が取得した日本電装株式会社の株式千株券一五枚のうちの五枚である。

② 右1(一)(5)に同じ。

③ 右受領後、高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、昭和五七年七月二九日、自己の借金の担保として本件日本電装株券を差し入れた。昭和五八年四月一五日、同社は本件日本電装株券を第三者に売却し、引き渡した。

(6)① 右1(一)(6)に同じ。

② 右受領後、高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、昭和五七年九月二八日、本件川崎製鉄株券を自己の借金の担保として差し入れ、同社は、昭和五八年四月一五日、本件川崎製鉄株券を第三者に売却し、引き渡した。

(7)① 犬印本舗は、昭和五七年七月五日ころ、本件電気興業株券を取得した。

② 右1(一)(7)に同じ。

③ 高杉は、原告に無断で、光信企業に対し、昭和五八年三月二日、自己の借金の担保として本件電気興業株券を差し入れ、その後、高杉は、同社に対し、同株券の売却を委託し、同社は、昭和五八年四月一一日、同株券を第三者に売却し、引き渡した。

(二) 高杉の右(一)記載の行為は、被告の「事業ノ執行」につきなされたものであって、被告は、高杉の右行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

なお、株券の中には犬印本舗が有していた株券があるが、原告は、犬印本舗の唯一の代表取締役であるところ、同社の取締役会の承認を経ることなく、被告における自己の株式信用取引のための代用有価証券として、犬印本舗が有していた本件ツガミ株券、本件ミドリ十字株券、本件三和銀行株券及び本件日本電装株券を高杉に引き渡しており、高杉の本件不法行為の結果、犬印本舗に右各株券を返還できなくなったことについて、犬印本舗に対し、損害賠償義務を負っており、また、同じく犬印本舗が有していた株券である本件川崎製鉄株券及び本件電気興業株券についても、原告は、個人的に高杉に対し、名義書換の委託や売却委託をしたものであり、高杉の本件不法行為により、犬印本舗に対し、損害賠償義務を負っている。したがって、犬印本舗が有していた株券についても、高杉の本件不法行為により、原告に損害が生じているというべきである。

(三) 損害額について

被告にとって株式の時価が変動することは予見可能であるから、高杉の本件不法行為による損害額は、口頭弁論終結時ないしこれに近接した時点での本件各株券の時価を基準に算定すべきであるところ、平成二年六月四日現在の本件各株券の時価は、別紙株券時価目録記載のとおりである。

三  被告の反論及び主張

1  主位的請求に対して

(一) 原告の高杉に対する本件各株券の引渡しは、あくまで原告と高杉個人との間の名義書換委託契約(本件三菱重工株券及び本件川崎製鉄株券について)又は株券貸与契約(本件各株券について)に基づいてなされたものであり、原被告間に契約関係が生じることはない。

(二) 原告は、本件各契約締結の際、高杉が本件各株券を自己の借金の担保として流用し、自己の利益を図る意図であったことを知り、又は知ることができた。

(三) 本件各契約は、いずれも特定物に関するものであるところ、高杉の本件不法行為により、本件各株券自体の返還が履行不能である以上、被告には、株券の返還義務はない。

(四) 原告の請求は、本件各契約の経験等からすると、権利の濫用である。

2  予備的請求に対して

(一) 原告の高杉に対する本件各株券の引渡しは、あくまで原告と高杉個人との間の契約に基づいてなされたものであるから、高杉の行為は、被告の「事業ノ執行」につきなされたものではない。

(二) 原告は、本件各契約締結の際、高杉が本件各株券を自己の借金の担保として流用し、自己の利益を図る意図であったことを知り、又は重大な過失によりこれを知らなかった。

(三) 高杉の本件不法行為による損害額は、各不法行為当時の本件各株券の時価を基準として算定すべきである。

(四) 高杉の本件不法行為による損害の発生については原告にも過失があり、損害賠償額算定において相当の過失相殺がなされるべきである。

(五) 原告の請求は、本件各契約の経緯等からすると、権利の濫用である。

第三  判断

一  前提事実

〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一、二回)、証人倉持嘉博の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実(一部、当事者間に争いのない事実を含む。)が認められる。

1  原告は、昭和四七年四月以来、犬印本舗の代表取締役を務めているが、昭和五〇年ころ、野村証券株式会社(以下「野村証券」という。)や三洋証券株式会社(以下「三洋証券」という。)を通して株式取引を始めるようになり、以後、後記のような被告における株式取引のほか、三洋証券において犬印本舗名義又は原告個人名義で継続的に株式取引を行っている。

2  被告は、証券取引法に定める証券業を営むことを目的とする株式会社であり、昭和五二年以前から、塚本忠治が代表取締役を務めている。

3  高杉は、昭和四七年四月、歩合外務員として被告に入社し、後記の本件横領等事件の発覚により被告を退社するまで、同社の顧客の有価証券の売買、名義書換事務の取次ぎ及びそれに付随する株券や保証金の保管、受渡し等の業務に従事し、被告の使用人たる地位にあった。

4(一)  原告と被告の代表取締役である塚本忠治とは旧制成器商業学校の同級生であったところ、原告は、昭和五二年ころ、同人とゴルフ場で再会したのをきっかけに、同人から被告において株式取引をすることを勧められ、同年一〇月二〇日から、被告における株式取引を開始した。

(二)  そのころ、原告は、塚本忠治から被告の外務員であった高杉を紹介され、以後、原告の被告における株式取引全般について、高杉が担当することとなった。右紹介の後、原告は、株式取引の面だけでなく、飲食を共にしたり、麻雀をするなどして、高杉と個人的交際を深めていき、高杉を深く信頼するようになった。

5  原告は、昭和五四年七月ころ、株式取引の資金繰りのため、高杉の紹介により、大阪証券代行株式会社(以下「大阪証券代行」という。)に借入れ口座を開設して、同社から融資を受ける等の取引を開始し、以後、後記のとおり高杉の不法行為が発覚する昭和五八年四月ころまで、融資の申込み、借金の返済、担保の差入れ、担保の引出し等の原告と大阪証券代行との取引の事務手続全般を高杉が担当していた。

また、高杉は、後記原告に対する信用取引における損失補てんを履行するために、原告の承諾のもと、大阪証券代行の原告口座を利用して、金員を借り入れることもあった。

6  高杉は、昭和五三年春ころ、塚本忠治から、向坂隆(以下「向坂」という。)を紹介され、以後、向坂の被告における株式取引も担当することとなったが、昭和五四年ころ、向坂は、被告における株式取引により多額の損失を被った。そこで、塚本忠治は、向坂に対し、同人の被った損失を補てんすることを約束したうえ、高杉に対し、新規上場株等利益の出る株式を高杉に優先的に割り当てるなどの援助をするので、向坂の損失の一部を負担し、向坂に対し月四〇万円ずつ支払うよう求めた。高杉は、これを了解して、昭和五五年四月ころから、その支払を開始した。しかし、同年八月ころには、塚本忠治からの右約束の援助がなくなり、株式相場も悪くなって、手数料収入も伸びず、高杉は、向坂への返済にも窮するようになった。そこで、高杉は、顧客からの委託以外に外務員個人が自己の計算で株式売買をすること(以下「手張り」という。)により、資金を調達することを考え、従来、手持ち資金の範囲内で手張りをすることもあったものの、このころから借金により資金を調達して手張りをするようになった。

7  高杉は、後記二1(一)認定のとおり、手張りによる債務を返済する資金を得るため、昭和五五年九月、本件三菱重工株券に関する不法行為を行い、その後、後記三ないし八記載のとおり、本件不法行為を行った(ただし、本件厚木ナイロン株券については後記のとおり)。

8(一)  顧客に送付される被告の売買報告書には、「有価証券または、金銭を証券会社にお預けになるときは、その証券会社の正式の預り証を必ずお受け取り下さい。」と明記されていたものの、原告と高杉との間では、原告から高杉に対し本件三菱重工株券が交付される以前から、株券の受渡しに際し、高杉があらかじめ被告の正式の預り証を用意していないような場合には、高杉が便せんや同人の名刺に預り文言を記載して作成した私製の預り証を交付することもかなりの回数行われていた。しかし、後記ツガミ第一次預託株券の流用事故が発生するまでは、原告と高杉との間で、株券の受渡しを巡って問題が生じたことはなかった。

(二)  そして、原告は、高杉に対する本件各株券の引渡し(ただし、本件厚木ナイロン株券については後記のとおり)に際し、高杉から、右のような私製の預り証(〈書証番号略〉)の発行を受けただけであり、その後も、高杉に対し、被告の正式の預り証の交付を強く求めてはおらず、被告の管理部等に対しても、本件各株券についての正式の預り証の発行を問い合わせたり、正式の預り証が交付されないことについて異議を申し立てたりしたことは一度もなかった。

(三)  原告は、高杉に対する本件各株券の引渡し当時、右私製の預り証のほかに、被告に対する他の預託株券について、被告から正式に発行された預り証も所持していた。

9  被告は、原告に対し、昭和五六年三月一九日、同年二月二八日を基準日としてその時点での原告が被告に対し預託した有価証券の残高を示す残高照合通知書を、同年一一月一〇日、同年一〇月三一日を基準日とする同通知書を、昭和五七年六月九日、同年五月三一日を基準日とする同通知書を、同年一二月八日、同年一一月三〇日を基準日とする同通知書を発送し、それぞれそのころ、原告は、右各残高照合通知書を受け取っているが、それらには本件各株券の被告における預託関係を示す記載は存しなかったにもかかわらず、原告は、被告に対し、何ら異議を申し立てなかった。

10  原告は、自己の信用取引についての担保差し入れ状況について正確に把握しておらず、専ら高杉の指示に従って、担保の有価証券や現金を出し入れする状況にあった。また、原告は、右残高照合通知書を確認したこともなかった。

11  一方、高杉は、原告に対し強く取引を勧めたときなどには、取引によって原告に生じた損失を補てんすることを約したことがあり、それについては、次のような事例があった。

(一) 高杉は、原告に対し、昭和五六年三月中旬から四月ころにかけて、共同印刷株式会社、大末建設株式会社、東京建物株式会社、アサヒビール株式会社及び日産建設株式会社の各株式の信用取引により原告に生じた損失等合計約二七〇〇万円を負担する旨約束した。

(二) 高杉は、原告に対し、東京海上火災保険株式会社の株式の信用取引により昭和五六年一〇月二三日に生じた損失一五二万四七五六円を補てんする旨約束した。

(三) 原告は、沖電気株式会社、三菱瓦斯化学株式会社、東邦レーヨン株式会社及び鐘淵化学株式会社の各株式の信用取引により生じた損失のために、昭和五七年六月二八日当時、被告に対し、八五四万九七七三円の債務を負っていたが、高杉は、右損失を補てんする旨約束した。

(四) 原告は、日本金属株式会社、沖電気株式会社、鐘淵化学工業株式会社及び三菱瓦斯化学株式会社の各株式の信用取引により生じた損失のため、昭和五七年一〇月二三日当時、被告に対し、一二六一万三八〇七円の債務を負っていたが、同日、被告から右債務について支払請求を受けた。これに対し、原告は、高杉が右信用取引による損失について補てんする旨約束していたことから、高杉に対し、右金員を負担することを求め、同人は、光信企業から借金をして、昭和五七年一一月二九日、被告における原告名義の口座に一二八一万一八五一円を振り込んだ。

12  昭和五八年四月一〇日ころ、高杉が、原告を初めとする被告の顧客から交付を受けた株券を自己の借金担保に流用する等の不法行為をしていたこと(以下、これを「本件横領等事件」という。)が被告に判明した。被告は、昭和五八年七月八日付で、高杉を告訴し、捜査機関が、高杉を取り調べたところ、同人は、捜査機関に対し、横領等をしたことを認める旨の供述をした。その後、検察官は、本件横領等事件につき、原告との関係では、本件山村硝子株券、本件松下通信株券、本件ホーヤ株券、本件三和銀行株券、本件アサヒビール株券、本件日本電装株券、本件川崎製鉄株券及び本件電気興業株券について起訴したが、高杉は、同事件の刑事公判段階でも、起訴された右各株券について捜査段階での右供述を維持した。

13  本件各株券は、いずれも上場株式の株券である。

以上の事実が認められ、原告の本人供述中、高杉の原告に対する損失補てん約束等はなかったとする部分は、証人高杉の証言(第一回)、〈書証番号略〉に照らし信用できない。

また、証人高杉征二は、第一回証人尋問において、昭和五五年八月ころ、塚本忠治に対し、右6認定のような苦しい状況にあることを何度も訴えたが、これに対し、塚本忠治は、高杉に、原告は友人であるし、株も多く持っているから、一時無断で原告の株券を担保に入れて資金を調達し、それを使って手張りをしてはどうかと勧めたので、高杉は、本件三菱重工に関する不法行為を行った旨の証言をし、〈書証番号略〉中の高杉の供述記載部分にも同旨の供述の記載がある。しかしながら、右事実については、高杉の右証言及び供述を除いては、これを裏づける証拠は全くないうえ、塚本忠治が自らが刑事あるいは民事上の責任を追及されかねない右のような発言を軽々しく行うか疑問であり、本件証拠上いまだ右事実を認めることはできないというべきである。

二  本件三菱重工株券関係について

1  主位的請求について

(一) 〈書証番号略〉、証人高杉征二の証人尋問(第一、二回)、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、高杉は、原告に対し、本件三菱重工株券の配当を受けるために同株券の名義を書き換えることを勧めるとともに、同株による配当が多額にわたるため、税金対策として高杉が同人の知っている名義貸し事務所において他人名義を利用するための手続きをとったうえ、名義書換手数料の負担を免れるため、高杉が直接、名義書換代理人のところへ持ち込んで他人名義に書き換えることを提案し、原告からその旨の了解を得たうえ、昭和五五年九月二〇日ころ、同人から同株券の引渡しを受けたこと、高杉は、当時、前記一6認定のような手張りのために生じた債務の返済を迫られていたにもかかわらず、資金手当てが思うように進まなかったところから、交付を受けた翌日ころには、原告に無断で借金の担保として同株券を光信企業に差し入れ、金を借りたこと、光信企業では、同月二五日、本件三菱重工株券のうち五万株を高杉の依頼によって売却し、その代金を同人の借金の返済に充てたことが認められる。

(二) このように、本件三菱重工株券は、名義貸し事務所において他人名義を利用するための手続きをとったうえ、高杉が直接、名義書換代理人のところへ持ち込んで他人名義に書き換えることを目的として原告から高杉に引き渡されたものであり、何らかの形で被告を通して手続をすることは予定されていなかった。したがって、本件三菱重工株券は、原告が高杉個人に対して名義書換手続をすることを委託して引き渡したものというべきであって、右預託は、証券取引法六四条一項にいう被告の「取引」に関するものということはできない。よって、右預託の効果が被告に帰属することはない。

(三) 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、本件三菱重工株券についての主位的請求は理由がない。

2  予備的請求について

前記1認定のとおり、高杉は、原告から、個人的に、本件三菱重工株券について名義貸し事務所において他人名義を利用するための手続きをとったうえ、直接、名義書換代理人のところへ持ち込んで他人名義に書き換える旨の委託を受け、それに基づき同株券の引渡しを受けたものであって、本件三菱重工株券に関する高杉の不法行為が被告の「事業ノ執行」につきなされたものとは認められない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件三菱重工株券についての予備的請求は理由がない。

3  よって、本件三菱重工株券についての原告の請求は、いずれも理由がない。

三  本件ツガミ株券及び本件ミドリ十字株券(以下「本件ツガミ株券等」と総称する。)について

1  〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一、二回)、証人倉持嘉博の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)(1) 犬印本舗は、被告を通して、昭和五三年一一月、三回にわたり、株式会社ツガミの株式を合計三万株取得し、原告は、右合計三万株の株券うち二万株の株券を自己の信用取引のための代用有価証券として、同年一二月一日、被告に預託し、その後、昭和五四年一二月一八日、原告は、被告からその返却を受けた。

(2) 原告は、高杉に対し、昭和五五年終わりころないし昭和五六年初めころ、右返却を受けた株券(以下「ツガミ第一次預託株券」という。)を自己の信用取引のための代用有価証券として被告に預託するために引き渡したところ、高杉は、原告に無断で、同株券を自己の借金の担保として金融機関に差し入れ、その後、同株券は、担保流れとなって第三者に売却され、同年三月二三日及び同月二四日に他人名義に書き換えられた。

(3) 原告は、同年七月ころ、ツガミ第一次預託株券について配当がないことに気づき、そのことについて高杉に問いただしたところ、同人は、右売却を自認したため、原告は、高杉に配当金の弁償をさせたうえ、株式会社ツガミの株式二万株の株券の買戻しを要求した。原告は、高杉から被告にはこのことを言わないで欲しいと懇請されたので、被告には知らせなかった。

(4) 高杉は、同年一一月ころ、株式会社ツガミの株式二万株の株券(本件ツガミ株券)を買い戻したが、これを原告に無断で自己の借金の担保に供することを意図し、この意図を秘して、原告に対し、新たな信用買いを勧めるとともに、そのための代用有価証券として本件ツガミ株券を被告に預託することを求めたところ、同月一一日ころ、原告は、これに同意したうえ、高杉が買い付け占有していた同株券について、同人に対し「簡易の引渡し」をした。

(5) その後、高杉は、原告に無断で、いったん、光信企業に対し、自己の借金の担保として本件ツガミ株券を差し入れた後、同社から払出しを受け、さらに、三和証券信用に対し、昭和五七年三月二五日、自己の借金の担保として本件ツガミ株券を差し入れた。

(6) その後、三和証券信用は、昭和五八年四月二八日ころ、本件ツガミ株券を第三者に売却して引き渡し、その代金を高杉の借金の返済に充てた。

(二)(1) 犬印本舗は、三洋証券を通して、昭和五二年ころ、ミドリ十字株式会社の株式二万株を取得し、その後、同株式に対する無償増資割当てにより、本件ミドリ十字株券を取得した。

(2) 高杉は、原告に無断で本件ミドリ十字株券を自己の借金の担保に供することを意図し、この意図を秘して、原告に対し、昭和五六年一一月ころ、右本件ツガミ株券の場合と同様、新たな信用買いのための代用有価証券として本件ミドリ十字株券を被告に預託することを求め、原告は、これに同意し、同株券を高杉に引き渡した。

(3) その後、高杉は、原告に無断で、いったん、光信企業に対し、自己の借金の担保として本件ミドリ十字株券を差し入れた後、同社から払い出しを受け、さらに、三和証券信用に対し、昭和五七年七月二九日、自己の借金の担保として本件ミドリ十字株券を差し入れた。

(4) その後、三和証券信用は、昭和五八年四月一八日ころ、本件ミドリ十字株券を第三者に売却して引き渡し、その代金を同人の借金の返済に充てた。

なお、右(一)(2)ないし(5)の経緯について、証人高杉征二の証言(第一、二回)や原告本人尋問の結果の中には、高杉は、昭和五六年一一月ころに、本件ツガミ株券の引渡しを受けた後に、その流用が原告に発覚し、それを原告のために買い戻した旨の証言、供述があるが、いずれも、本件ツガミ株券の引渡しより以前のツガミ第一次預託株券についての流用と本件ツガミ株券の流用とを混同してなされた証言・供述と解され、信用できない。

また、高杉は、第二回の証人尋問において、昭和五八年四月二八日の本件ツガミ株券の三和証券信用からの出庫は、同社が、株式会社ツガミの商号変更に伴い、株券上の記載を修正するために、名義書換代理人に提出すべく自社から出庫したものであり、株券記載の修正後、同社は、再び名義書換代理人から返還を受けている旨証言するが、〈書証番号略〉中の三和証券信用における高杉の株券の差入状況を示す一覧表には、昭和五八年四月二八日に払い出された旨の記載があるだけで、再び同社が入庫した旨の記載はないことに照らしても、高杉の右証言は信用できない。

2  主位的請求について

(一) 原告の主張1(一)(2)について

本件ツガミ株券については、前記1(一)(4)認定のとおり、原告は、高杉との間で、代用有価証券として被告に預託する旨合意し、同株券を引き渡し、本件ミドリ十字株券については、前記1(二)(2)認定のとおり、原告は、高杉との間で、代用有価証券として被告に預託する旨合意をし、同株券を引き渡した。

なお、〈書証番号略〉及び証人倉持嘉博の証言及び弁論の全趣旨によれば、高杉は、昭和五六年一一月二〇日に、本件ミドリ十字株券を代用有価証券として被告に差し入れたうえ、同月二七日には被告から引き出し原告に返還していることが認められるところ、前記1(二)(2)の預託については、同月一一日付けの高杉の私製の預り証(〈書証番号略〉)が存し、これらの関係が問題となるが、証人高杉征二の証言(第一、二回)によれば、同人の私製の預り証は、何度か預託を受けたのちに複数回の預託についてまとめて作成することがあり、その日付も必ずしも預託を受けた日と一致するとは限らないことが認められるのであり、これからすれば、右預り証(〈書証番号略〉)も、二回にわたる預託をまとめて後日作成されたものであり、したがって、高杉が同月二七日に右のとおり引き出して原告に返還したのちに前記1(二)(2)の預託を受けたと推認しても、右預り証(〈書証番号略〉)との関係で不合理な点はないというべきである。

(二) 被告の反論及び主張1(一)について

(1) 被告は、従来、原告と高杉との間には、原告の被告における株式取引から生じた損失について高杉が保証する旨の損失保証契約が結ばれており、その損失保証契約の履行に際し高杉に資金がない場合、原告は、高杉にその資金を貸し付け、原告自身にも資金がないような場合には、原告の手元にある株券を高杉に貸与してそれを他の金融機関に担保として差し入れて借金することを認めて、右損失保証を履行させていたのであり、本件ツガミ株券等の引渡しも、高杉に損失保証履行資金を捻出させるために、同人が金融機関に借金の担保として差し入れることを承知のうえで、原告と高杉個人との間の貸借契約に基づきなされたものである(被告の反論及び主張1(一))と主張し、その根拠として、①原告は、株式取引の経験も豊富であり、外務員との株券受渡しに伴う正式の預り証の授受も数多く行っていたにもかかわらず、昭和五五年末ころに高杉に引き渡したとするツガミ第一次預託株券、本件ツガミ株券及び本件ミドリ十字株券の預託について、被告の正式の預り証の発行を受けていないばかりか、右ツガミ第一次預託株券については、高杉の私製の預り証の発行すら受けていない、②原告は、右の各預託当時、別の株券については、被告から正式の預り証の発行を受けていたのであり、その中には、別のツガミ株式会社の株券も含まれていたのであるから、このような事実からすると、原告は、被告に預託する株券と高杉個人に預託するものとを明確に区別して認識していたものということができる、③右の各預託後原告に送付された残高照合通知書には、これらの預託の事実を示す記載はなかったにもかかわらず、原告は、被告に対し、何ら異議申立てをしていない、④原告の昭和五六年一一月一一日時点での未決済の信用取引のための所要担保額と預託中の代用有価証券及び保証金による担保額との差額(以下「差引担保余剰額」という。)は、一八〇八万三〇〇〇円であり、担保率を0.3とすると、原告は、当時、約定金額が六〇二七万六六六六円までの信用買いをすることができ、同時点で担保を追加する必要は全くない状態であったなどと主張する。

(2) 確かに、前記一5ないし7認定のとおり、高杉は、原告に対し、原告の株式取引について、損失補てんをすることがあり、その履行のために、原告の承諾のもと、大阪証券代行の原告口座を利用して金員を借り入れることもあった。しかしながら、そのことのみで本件ツガミ株券等の引渡しを損失補てんと結び付けることはできず、また、被告主張の右(1)①ないし④の根拠も、次のとおり、失当である。

① 右(1)①について

確かに、前記一1認定のとおり、原告は、昭和五〇年ころから株式取引を始めており、昭和五五年一〇月当時は、約五年の取引経験を持ち、株券の受渡しに伴う正式の預り証の授受も幾度となく行っていたばかりでなく、前記一8(二)認定の事実に原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、ツガミ第一次預託株券、本件ツガミ株券及び本件ミドリ十字株券について、原告は、被告の正式の預り証の発行は受けておらず、その発行を高杉に強く求めたり、被告の管理部等にその発行を問い合わせたこともなかったことが認められる(なお、原告本人尋問の結果からすると、原告がツガミ第一次預託株券について私製の預り証の交付も受けなかったとは認められない。)。

しかし、前記一4(二)認定のとおり、原告は、高杉に個人的な信頼を置いていたこと、また、前記一8(一)認定のとおり、従来から原告と高杉との間では、株券の受渡しに際し、高杉の私製の預り証を授受することも数多く行われていたが、ツガミ第一次預託株券の流用事故が発生するまでは、特に問題は生じていなかったこと、証人高杉征二の証言(第一回)及び原告本人尋問の結果により認められるとおり、原告は、本件各株券について、それほど強くではなかったものの、高杉に対して正式の預り証の交付を求めたこともあり、原告も全く放置していたわけではないこと等に照らすと、原告が高杉に対し、強く被告の正式の預り証の発行を求めたり、被告の管理部に対し、その発行を問い合わせたことがなかったとしても、とりたてて不自然なこととまではいえず、正式の預り証が存在していないことが、被告主張のように右の各株券が原告と高杉個人との間の貸借契約に基づき交付されたことを示すものとはいえない。

② 右(1)②について

前記一8(三)認定の事実に、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、被告に対し、昭和五五年五月三〇日に別のツガミ株式会社の株式一万株の株券を被告に預託し、昭和五八年二月一二日に同株券の返還を受けており、その間、同株券についての被告発行の正式の預り証の発行を受けてこれを所持していたほか、ツガミ第一次預託株券、本件ツガミ株券及び本件ミドリ十字株券の預託当時、その他の株券についても被告発行の正式の預り証を所持していたものがあったことが認められ、このことからすると、原告が預託した株券のうち、被告の正規の預り証の発行されていたものとそうでないものがあったことになるが、右①において認定した事実関係とも照らすと、右事実から直ちに、被告主張のように、原告が、被告に預託する株券と高杉個人に預託するものとを明確に区別して認識していたとまでは認められず、右の各株券が原告と高杉個人との間の貸借契約に基づき交付されたことを示すものとはいえない。

③ 右(1)③について

前記一9認定の事実に、〈書証番号略〉を総合すると、ツガミ第一次預託株券、本件ツガミ株券及び本件ミドリ十字株券の各預託の後、原告に対し送付された残高照合通知書には、右各株券の被告における預託関係を示す記載はなかったにもかかわらず、原告は、被告に対し、何らの異議申立てもしていないことが認められるが、前記一10認定のとおり、原告は、信用取引の担保の出し入れについては信頼していた高杉に任せており、残高照合通知書の確認も怠っていたのであり、このことに照らすと、残高照合通知書について原告が被告に異議を申し立てなかったからといって、右の各株券が原告と高杉個人との間の貸借契約に基づき交付されていたとは認められない。

④ 右(1)④について

〈書証番号略〉、証人倉持嘉博の証言によると、原告の昭和五六年一一月一一日時点での差引担保余剰額は、一八〇八万三〇〇〇円であり、担保率を0.3とすると、約定金額が六〇二七万六六六六円までの信用買いをすることが可能な状態にあり、同時点では追加担保が必ずしも必要ではなかったことが認められるが、前記一10認定のとおり、原告は自己の信用取引における担保差し入れ状況を正確に把握していなかったことに照らすと、右事実から直ちに、被告主張の原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めることはできない。

(3) その他、被告主張の原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めるに足りる証拠はなく、被告の右主張は失当である。

(三) 被告の反論及び主張1(二)について

(1) 代理人が自己又は第三者の利益を図るため権限内の行為をした時は、相手方が代理人の右意図を知り、又は知ることを得べかりし場合に限り、民法九三条ただし書の類推により、本人はその行為についての責に任じないものと解すべきところ、前記1(一)(4)及び同(二)(2)のとおり、高杉は、被告から本件ツガミ株券等の交付を受ける時点から流用を考えており、権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していたものである。

(2) まず、原告が高杉の右権限濫用意図を知っていたと認めるに足りる証拠はない。

(3) 次に、原告が高杉の右権限濫用意図を知らなかったことについて、過失が認められるかにつき検討する。

前記一8ないし10認定の事実及び二1(一)認定の事実に、証人高杉征二の証言(第一回)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、高杉は、本件ツガミ株券等の流用に先立って、本件三菱重工株券を自己の借金の担保に流用したのであるが、原告は、高杉が本件三菱重工株券について私製の預り証を交付しただけで、原告からの要求に対しても、種々の言い逃れをして被告の正式の預り証の交付に応じないという不審な行動をとっていたにもかかわらず、直接被告の管理部等に対し、株券の返還や正式の預り証の発行について問い合わせたり、異議を申し立てたりしておらず、さらには本件三菱重工株券についての被告における預託関係を示す記載のない残高照合通知書も確認しなかったため、原告は、高杉の本件三菱重工株券の流用を昭和五八年四月まで発見することができなかったものと認められる。そして、この事実に、本件ツガミ株券等の預託以前に、原告にも高杉によるツガミ第一次預託株券の流用が判明していたこと及び前記一11認定の事実に証人高杉征二の証言(第一回)を総合すると、高杉は原告に対し損失補てんの約束をするなどし、本件ツガミ株券等の預託当時にはすでに経済的に苦しい状態にあり、このことを原告もある程度知っていたと認められることに照らすと、原告は、本件ツガミ株券等の預託に際しては、同各株券を高杉に流用されるおそれがあることを予期することができたものと解されるのであり、それにもかかわらず、原告は、被告の正式の預り証の発行を求めるなど慎重な対応をとることもなく、慢然高杉を信じて同各株券を預託しているのであって、原告には、高杉の権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったものというほかはない。

(四) よって、その余の点について判断するまでもなく、本件ツガミ株券等に関する原告の主位的請求は理由がない。

3  予備的請求について

(一) 原告の主張2(一)(2)について

(1) 原告の主張2(一)(2)①の事実については、前記1(一)(4)及び同(二)(1)認定のとおり認めることができる。

(2) 同2(一)(2)②の事実は、前記2(一)認定のとおり、また、同2(一)(2)③の事実は、前記1(一)(4)、(5)及び同(二)(3)、(4)認定のとおり、それぞれ認めることができる。そして、このように高杉が原告から信用取引のための代用有価証券の預託を受け、そのことに関して行った不法行為は、被告の「事業ノ執行」につきなされたものということができる。

(二) 前記3(一)(1)及び同(2)認定のとおり、本件ツガミ株券等は、犬印本舗の取得株であり、そもそも、前記認定のような高杉による借金担保への流用ないしその後の第三者への売却等により、原告自身に損害が生じているのかが問題となる。

この点、前記一1認定のとおり、原告は犬印本舗の代表取締役であるところ、弁論の全趣旨によると、原告は、本件ツガミ株券等を被告における自己の株式信用取引のための代用有価証券として差し入れることについて、犬印本舗の取締役会の承認を経ていないことが認められ、原告は、高杉の同各株券の無断担保差入れとそれに続く売却等により犬印本舗が被った損害について、犬印本舗に対し損害賠償責任を負わなければならない地位に立っており、このような状況のもとにおいては、高杉の行為により、原告自身にも損害が生じているものと解するのが相当である。

(三) 被告の反論及び主張2(一)について

前記2(二)のとおり、原告の高杉に対する本件ツガミ株券等の引渡しが原告と高杉個人との間の契約に基づいてなされたものであると認めることはできず、被告の反論及び主張2(一)は採用できない。

(四) 被告の反論及び主張2(二)について

被用者のなした取引行為が、その外形から見て、使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、被用者が自己の利益を図るために権限を濫用してその取引行為をなしたもので、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら、又は少なくとも重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められる時は、その取引の相手方は使用者に対してその損害の賠償を請求できないものと解されるところ、前記2(三)(1)のとおり、高杉は、本件ツガミ株券及び本件ミドリ十字株券の各預託の時点で、権限を濫用して自己の利益を図る意図があった。

しかし、前記2(三)(2)のとおり、原告が当時、高杉の右権限濫用意図を知っていたと認めることはできない。

また、前記2(三)(3)のとおり、本件三菱重工株券の高杉による自己の借金担保への流用の発見の遅れ、ツガミ第一次預託株券の流用判明等の事実から、原告には高杉の右権限濫用意図を知らなかったことにつき過失があるということはできるが、これらの事実から、いまだ高杉の右意図を知らなかったことについて原告に重大な過失があったものとまでは認められず、他に原告に重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

(五) 損害額(原告の主張2(三)及び被告の反論及び主張2(三))について

(1) 不法行為による損害が物又は権利の喪失である時は、不法行為当時のその交換価格が通常生ずべき損害であるところ、本件のように株式が第三者に無断で譲渡された事案については、株式の譲受人が当該株式を善意取得した時の時価をもって損害額を確定するのが相当である。

原告は、被告にとって株式の時価が変動することは予見可能であるから、損害額は、口頭弁論終結時ないしはこれに近接した時点での本件各株券の時価を基準に算定すべき旨主張するが、上場株式については、いつでも容易にこれを処分し得るばかりでなく、株価は常に変動するものであり、しかも原告は株の売買により株価の差益を利得することを目的として本件各株式を取得していたのであって、これらを考えると、原告が口頭弁論終結時ないしはこれに近接する時点まで、本件各株券を処分しなかったという特別の事情が存し、かつそのことについて、被告が予見可能であったというような事情が存すれば格別、それらについての立証のない本件においては、原告の右主張を採用することはできない。

(2) 本件ツガミ株券について

本件ツガミ株券は、前記1(一)(5)、(6)において認定したとおり、昭和五八年四月二八日ころ、第三者に売却、引き渡されているのであるから、同日の本件ツガミ株券の時価相当額六九六万円(このことは公知の事実である。)をもって右損害額と認めるのが相当である。

(3) 本件ミドリ十字株券について

本件ミドリ十字株券は、前記1(二)(4)のとおり、昭和五八年四月一八日ころ、第三者に売却、引き渡されているのであるから、同日の本件ミドリ十字株券の時価相当額四六五万円(このことは公知の事実である。)が右損害額となる。

(六) 過失相殺(被告の反論及び主張2(四))について

前記2(三)(3)のとおり、原告には、過失が認められ、また、その後も、原告は、高杉に対し、正式の預り証の早期発行を強く要求することなく、被告の管理部等に対しても、正式の預り証の発行について問い合わせたり、異議を申し立てたりもしておらず、被告から送付された残高照合通知書の確認も怠ったため、高杉の不正の発見が遅れ、三和証券信用による本件ツガミ株券等の売却を阻止することができなかったのであるから、本件ツガミ株券等についての損害賠償額を決定するに当たっては、原告に三割五分の過失があったものとして過失相殺するのが相当であり、本件ツガミ株券についての損害認容額は四五二万四〇〇〇円、本件ツガミ十字株券についての損害認容額は三〇二万二五〇〇円と認める。

(七) 被告の反論及び主張2(五)について

すでに述べてきたことからすると、原告の請求が権利の濫用であると認めることはできない。

(八) よって、本件ツガミ株券等に関する原告の予備的請求は、七五四万六五〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

四  本件厚木ナイロン株券、本件宇部興産株券及び本件セーレン株券について

1  〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一、二回)、証人倉持嘉博の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実(一部、当事者間に争いのない事実を含む。)を認めることができる。

(一)(1) 原告は、被告を通して、昭和五五年七月一七日、厚木ナイロン株式会社の株式三万株を信用買いし、昭和五六年一月一六日、被告に対し同株式の現引きを申し出て、同月二一日、本件厚木ナイロン株券を含む三万株の株券の引渡しを受けた。

(2) 原告は、三洋証券を通して、昭和五五年ころ、本件宇部興産株券を取得した後、被告に対し、同年一二月八日、代用有価証券として同株券を差し入れ、昭和五六年一〇月一四日、その返却を受け、被告発行の預り証を返却した。

(3) 原告は、被告を通して、昭和五五年九月八日、セーレン株式会社の株式一万株を信用買いし、昭和五六年二月六日、被告に対し同株式の現引きを申し出て、同月一〇日、本件セーレン株券の引渡しを受けたが、同日、代用有価証券として被告に差し入れ、同年一一月二七日、その返却を受け、被告発行の預り証を返却した。

(二) 高杉は、原告に無断で自己の借金の担保に供することを意図し、その意図を秘して、原告に対し、鐘淵化学工業株式会社の株式の信用取引のための代用有価証券を被告に預託する必要がある旨申し入れ、原告は、右申入れに同意して、高杉に対し、昭和五六年一一月末ころ、本件宇部興産株券及び本件セーレン株券(以下「本件宇部興産株券等」と総称する。)を引き渡した。

(三)(1) 高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、昭和五七年七月二九日、本件宇部興産株券のうち五〇〇〇株券を自己の借金の担保として差し入れ、同年九月六日、同社から同株券の引渡しを受けた。また、高杉は、原告に無断で、光信企業に対し、残りの二万五〇〇〇株の株券を自己の借金の担保として差し入れ、同社は、昭和五八年四月一一日、同株券を第三者に売却し、同月一四日、同株券の受渡しをし、その代金を高杉の借金の返済に充てた。

(2) 高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、昭和五七年七月二二日、本件セーレン株券を自己の借金の担保として差し入れ、その後、同社は、昭和五八年四月一五日、同株券を第三者に売却し、同月二〇日、その受渡しがなされ、その代金は高杉の借金の返済に充てられた。

2  主位的請求について

(一) 原告の主張1(一)(3)について

(1) 前記1(二)認定のとおり、原告は、高杉との間で、昭和五六年一一月末ころ、鐘淵化学工業株式会社の株式の信用買いのための代用有価証券として、本件宇部興産株券及び本件セーレン株券を預託する旨の合意をし、これらを高杉に引き渡した。

(2) 原告は、合計一万株の本件厚木ナイロン株券も預託した旨主張するが、〈書証番号略〉、証人倉持嘉博の証言によると、本件厚木ナイロン株券のうち、別紙株券目録記載番号4記号番号20H20561、同20562、同21384、同31399、同41901は、昭和五六年五月九日に、辻清子等の名義に書き換えられていることが認められ、この事実からすると、右五〇〇〇株の株券は、昭和五六年五月九日当時、辻清子等が所持しており、原告は、当時すでに同株券を所持していなかったものと推認され、原告が昭和五六年一一月末ころまでに同株券の占有を回復したと認めるに足りる証拠のない本件においては、原告がそのころ同株券を高杉に預託したとの原告主張の事実を認めることはできないものといわなければならない。

また、本件厚木ナイロン株券のうち右五〇〇〇株券を除く他の五〇〇〇株の株券は、〈書証番号略〉、証人倉持嘉博の証言及び弁論の全趣旨によると、昭和五五年一一月五日に東光証券株式会社の名義に書き換えられた後、昭和五七年五月三一日に三洋証券株式会社等の名義に書き換えられており、原告名義には書き換えられていないことが認められる。この事実から直ちに、原告は、昭和五六年一一月末日ころ、この五〇〇〇株の株券を所持していなかったとまでは認められないものの、この五〇〇〇株の株券についても他の五〇〇〇株と同様所持していなかった可能性が存するということはできる。そして、このことに、この五〇〇〇株の株券のみを預託したのであれば、〈書証番号略〉の一万株という記載と矛盾すること、この五〇〇〇株の預託後の行方については、自己の借金の担保に供した旨の証人高杉征二の証言が存するのみで、他にこれを裏づける書証等は全く存しない(本件の一四種類の株券のうち、預託後の株券の行方について証人高杉征二の証言以外の証拠が全くないのは厚木ナイロン関係のもののみである。)ことからすると、この五〇〇〇株の株券についても、いまだ原告は昭和五六年一一月末ころ高杉に預託したと認めることはできない。

以上の次第で、本件厚木ナイロン株券に関する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

なお、〈書証番号略〉を総合すると、前記1(一)(1)記載の三万株の厚木ナイロンの株券から本件厚木ナイロン株券を除いた二万株の株券のうち、一万株は、昭和五六年五月六日に売却され、残る一万株は、同年一月二二日から昭和五八年八月三日まで大阪証券代行に担保として差し入れられていた事実が認められるのであり、いずれも昭和五六年一一月末ころ高杉に引き渡されることはできなかったものと認められる。

(二) 被告の反論及び主張1(一)について

(1) 被告は、本件宇部興産株券等も、損失保証履行のための資金調達を目的とする原告と高杉個人との株券貸借契約に基づき引渡しがなされたものである旨主張し、その根拠として、前記三2(二)(1)①ないし④と同旨の主張をするほか、本件宇部興産株券等は、前記のとおり、被告に預託されていたところ、高杉は、これを原告に返却し、正式の預り証の返却を受けたうえ、再び、原告から株券の引渡しを受けて、高杉作成の私製の預り証を原告に交付しているが、このような経過をたどっていることは、まさに、原告が自己と被告との株券についての預託関係を終了させ、かつ積極的に高杉個人との預託関係を成立させる意図を有していたことを示しているものといわねばならない(以下、これを「主張⑤」という。)と主張する。

(2) しかしながら、前記三2(二)(1)①ないし③と同旨の主張については、前記三2(二)(2)①ないし③と同旨の理由により失当であるうえ、前記三2(二)(1)④と同旨の主張については、〈書証番号略〉、証人倉持嘉博の証言及び弁論の全趣旨によると、昭和五六年一二月一日時点での差引担保余剰額は一八七〇万三〇〇〇円であり、十分な担保が存在していたことが認められるが、前記三2(二)(2)④と同様の理由により、被告の主張は採用できない。また、主張⑤については、被告主張のような経過をたどったということのみで直ちに原告は高杉に対して個人的に株券を貸与したと認めることはできないのみならず、前記1(二)認定のとおり、高杉はもともと株券を流用する意図を有していたのであるから、そのためにいったん返却したうえで預るという手順を踏んだとも考えられ、被告が主張するように経過が不自然であるとはいえない。

(3) その他、被告主張の原告の高杉に対する個人的な株券貸与の事実を認めるに足りる証拠はなく、被告の右主張は失当である。

(三) 被告の反論及び主張1(二)について

(1) 前記三2(三)(1)のとおり、相手方が代理人の権限濫用の意図を知り、又は知ることを得べかりし場合には、本人はその行為についての責に任じないものと解すべきところ、前記1(二)認定のとおり、高杉は、本件宇部興産株券等の流用を意図していたのであり、高杉は権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していたものと認められる。

(2) まず、原告が高杉の右権限濫用意図を知っていたと認めるに足りる証拠はない。

(3) 次に、原告が高杉の右権限濫用意図を知らなかったことについて、過失が認められるかにつき検討するに、この点については、前記三2(三)(3)と同様のことをいうことができ、原告は、各株券を高杉に再び流用されるおそれがあることを予期することができたにもかかわらず、当初から被告の正式の預り証の発行を求めるなど慎重な対応をとることもなく、慢然高杉を信じて各株券を預託したのであり、原告には、高杉の権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったものというべきである。

(四) よって、その余の点について判断するまでもなく、本件宇部興産株券等に関する原告の主位的請求は理由がない。

3  予備的請求について

(一) 原告の主張2(一)(3)について

(1) 同2(一)(3)①の事実は、前記1(一)(2)認定のとおり認めることができる。

(2) 同2(一)(3)②の事実については、前記2(一)のとおりであり、また、同2(一)(3)③の事実については、前記1(三)のとおりである。そして、このように高杉が原告から信用取引のための代用有価証券として預託を受け、そのことに関して行った不法行為は、被告の「事業ノ執行」につきなされたものということができる。

(二) 被告の反論及び主張2(一)について

前記2(二)記載のとおり、原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めることはできず、被告の反論及び主張2(一)は採用できない。

(三) 被告の反論及び主張2(二)について

前記三3(四)のとおり、被用者が自己の利益を図るためにその取引行為をなしたことを相手方が知り、又は重大な過失によりこれを知らなかった場合は、使用者は損害賠償の責任を負わないものと解されるところ、前記1(二)認定のとおり、高杉は、自己の利益を図る意図を有していた。

しかし、前記2(三)(2)認定のとおり、原告が当時、高杉の右権限濫用意図を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

また、前記2(三)(3)認定のとおり、原告には、高杉の右権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったと認められるが、いまだ高杉の右意図を知らなかったことについて原告に重大な過失があったものとまでは認められない。

(四) 損害額(原告の主張2(三)及び被告の反論及び主張2(三))について

(1) 本件宇部興産株券について

① 本件宇部興産株券のうち五〇〇〇株の株券は、前記1(三)(1)認定のとおり、高杉が三和証券信用に差し入れた後、昭和五七年九月六日、同株券の引渡しを受けた。その後の株券の行方については、これを直接証明する証拠はないものの、本件において高杉が流用した株券の大部分のものは昭和五八年四月に売却されて高杉の借金の返済に充てられていることからすると、特段の反証がない以上、同月ころ第三者に売却、引き渡されたと推認することができる。

したがって、同月一五日の本件宇部興産株券の時価相当額八〇万円(このことは公知の事実である。)をもって損害額とすることが相当である。

② 本件宇部興産株券のうち二万五〇〇〇株の株券は、前記1(三)(1)認定のとおり、第三者に売却され、昭和五八年四月一四日、受渡しがなされたのであるから、右受渡しの時点での右宇部興産株券の時価相当額三九五万円(このことは公知の事実である。)をもって損害額とすることが相当である。

(2) 本件セーレン株券について

本件セーレン株券は、前記1(三)(2)認定のとおり、第三者に売却され、昭和五八年四月二〇日、その受渡しがなされたのであるから、右受渡しの時点の本件セーレン株券の時価相当額一九〇万円(このことは公知の事実である。)をもって損害額とすることが相当である。

(五) 過失相殺(被告の反論及び主張2(四))について

前記(三)のとおり、原告には、過失が認められるほか、その後も、本件宇部興産株券等について、原告は、高杉に対し、正式の預り証の早期発行を強く要求することなく、被告の管理部等に対しても、正式の預り証の発行について問い合わせたり、異議を申し立てたりもしておらず、残高照合通知書の確認も怠ったため、高杉の不正の発見が遅れ、その後の本件宇部興産株券等の売却を阻止することができなかったこと等の点に過失が認められ、本件宇部興産株券等についての損害賠償額を決定するに当たっては、原告に三割五分の過失があったものとして過失相殺するのが相当であり、したがって、本件宇部興産株券についての損害認容額は三〇八万七五〇〇円、本件セーレン株券についての損害認容額は一二三万五〇〇〇円と認める。

(六) 被告の反論及び主張2(五)について

すでに述べてきたことからすると、原告の請求が権利の濫用であると認めることはできない。

(七) よって、本件宇部興産株券等に関する原告の予備的請求のうち、四三二万二五〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

五  本件山村硝子株券、本件松下通信株券、本件ホーヤ株券、本件三和銀行株券及び本件アサヒビール株券(以下「本件山村硝子株券等」という。)について

1  〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一回)、証人倉持嘉博の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる(一部、当事者間に争いのない事実を含む。)。

(一)(1) 原告は、三洋証券を通して、昭和五四年三月二〇日ころ、本件山村硝子株券を取得した。

(2) 原告は、三洋証券を通して、昭和五四年七月一三日ころ、松下通信工業株式会社の株式三〇〇〇株の株券を取得し、その後、昭和五五年一一月二一日、同株式に対する一割五分の無償増資割当により、本件松下通信株券のうちの四五〇株の株券を取得し、さらに、昭和五六年一一月二一日、右四五〇株の株式に対する一割の無償増資割当により、本件松下通信株券の残り四五株の株券を取得した。

(3) 原告は、野村証券を通して、昭和五三年一〇月ころ、本件ホーヤ株券を取得した。

(4) 犬印本舗は、野村証券を通して、昭和五一年四月ころ、本件三和銀行株券を取得した。

(5) 原告は、被告を通して、昭和五五年一二月二七日、アサヒビール株式会社の株式二万株を信用買し、昭和五六年六月二七日、被告に対し同株式の現引きを申し出て、同年七月一日、本件アサヒビール株券の引渡しを受けたうえ、同年八月一一日、被告に対し、同株券を代用有価証券として差し入れたが、高杉は、昭和五七年六月二八日、同株券を被告から引き出した。

(二)(1) 高杉は、右同日、被告から引き出した本件アサヒビール株券につき、担保が余った旨説明して、原告に同株券を返却するとともに、同株券についての被告発行の預り証の返却を受けた。

(2) 引き続き、その場で、高杉は、原告に対し、更に信用取引をすることを勧め、三菱瓦斯化学株式会社の株式を信用買するための代用有価証券として、いったん返却した右本件アサヒビール株券のほか、本件山村硝子株券、本件松下通信株券、本件ホーヤ株券及び本件三和銀行株券の引渡しを受けた。高杉は、右の各株券を原告に無断で自己の借金の担保に供する意図を有していたが、その意図は原告には秘していた。

(三)(1) 右引渡しを受けた後、高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、同日、右の各株券を自己の借金の担保として差し入れた。

(2) 高杉は、三和証券信用から、昭和五七年九月一七日、本件山村硝子株券のうちの三〇〇〇株の株券を、同月二八日、残りの二〇〇〇株の株券をそれぞれ引き出したうえ、その頃、原告に無断で、大阪市東成区の富田某から二〇〇万円を借り入れるための担保として、同株券を同人に差し入れ、その後、同株券は担保流れとなった。

(3) 三和証券信用は、昭和五八年四月一五日、本件松下通信株券、本件ホーヤ株券、本件三和銀行株券及び本件アサヒビール株券を第三者に売却して、同月二〇日、その受渡しを行い、その代金は高杉の借金の返済に充てられた。

なお、右(二)(1)の高杉が本件アサヒビール株券を原告に返した経緯について、〈書証番号略〉中には、高杉は、原告から、同株券を被告から引き出すように求められたので引き出したうえ、原告に届けた旨の高杉の供述記載部分があり、高杉は、その旨、第一回証人尋問でも証言しているが、原告の方から株券の引出しを指示したことはほとんどなく、本件アサヒビール株券についても原告は何も要求していないにもかかわらず、高杉は担保が余ったといって持って来た旨の原告本人尋問中の供述及び〈書証番号略〉中の原告の供述記載部分に照らし、直ちに信用できない。

また、高杉は、第一回の証人尋問において、本件山村硝子株券等については、本当に三菱瓦斯化学株式会社の株式の買い付けを勧める意図で預託を申し入れたものであり、最初からだまし取る意思はなかった旨証言しているが、すでに高杉は本件三菱重工株券等を自己の借金の担保として使用していること、昭和五七年六月下旬当時、高杉は、借入金の返済、金利の支払い、手張り資金、損金の穴埋め、弁償金の捻出等のため金策に追われる状態にあるとともに、黄清標の株券を同人に無断で高杉の借金の担保として三和証券信用に差し入れており、同株券を引き出さなければならない状況にあったこと(右事実は、〈書証番号略〉により、これを認めることができる。)、本件山村硝子株券等について預託を受けたその日のうちに三和証券信用に担保として差し入れていること等に照らすと、当初はだますつもりはなかった旨の右証言は信用できない。

さらに、右(三)(2)の昭和五七年九月一七日の三和証券信用からの引出しについて、〈書証番号略〉中には、同社から、同日、五〇〇〇株の株券が払い出されたかのような記載があるが、担保に差し入れたのは合計五〇〇〇株の株券であること及び〈書証番号略〉中の同日、三〇〇〇株の株券の払出しを受けた旨の高杉の供述記載部分に照らし、右記載は単に記載が正確になされていなかったにすぎないものと解される。

2  主位的請求について

(一) 原告の主張1(一)(4)について

前記1(二)(2)認定のとおり、原告は、高杉との間で、昭和五七年六月二八日、被告における三菱瓦斯化学株式会社の株式の信用買いのための代用有価証券として、本件山村硝子株券等を被告に預託する旨の合意をし、これらを高杉に引き渡した。

(二) 被告の反論及び主張1(一)について

(1) 被告は、原告は、昭和五七年六月二八日当時、信用取引による損失のため、被告に対し、八五〇万円余りの債務を負っていたところ、高杉はこの損失を保証する旨の約束を原告としており、その損失保証履行のための資金調達を目的として、高杉個人が原告から本件山村硝子株券等を借り受けたものである旨主張し、その根拠として、右約束の存在及びその履行がなされている事実のほか、前記三2(二)(1)①ないし④と同旨の主張及び前記四2(二)(1)の主張⑤と同旨の主張(ただし、本件アサヒビール株券について)をする。

(2) 確かに、前記一11(三)認定のとおり、原告は、昭和五七年六月二八日当時、信用取引における損失のために、被告に対し、八五四万九七七三円の債務を負っており、その損失について、高杉が補てんをする旨約束していたことがあり、また、〈書証番号略〉によると、高杉は、被告から、昭和五七年六月二八日に本件アサヒビール株券を引き出すに当たり、被告に対し、原告の右債務を弁済させるための金策の担保として使う旨の念書を差し入れていることが認められる。

しかしながら、〈書証番号略〉中の「光信企業(現金借入)」及び「八五〇万円?借入犬印」の記載、〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一回)、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、高杉から、損失補てんを履行するための資金として、八五〇万円の借金の申し込みを受けたため、昭和五七年七月ころ、犬印本舗から経理上仮払金の処理をして引き出した八五〇万円を高杉に貸し付け、同人は、その金員を昭和五七年七月一九日に、被告における原告の口座に入金したこと、その後、高杉は、同年一二月末ころに、光信企業から借金をして八五〇万円を調達したうえ、原告に対し、同人からの右借入金を返済していることが認められる。

右認定のとおり、当時原告の信用取引において生じていた約八五〇万円の損失金についての高杉の損失補てん履行のための資金調達に対し、原告も手を貸してはいるが、それはあくまで右のように現金を貸し付けるという形でなされたものであり、高杉による右八五〇万円の損失補てんの事実は、被告主張の原告の高杉個人に対する本件山村硝子株券等の貸与の事実には結びつかないものということができる。

また、八五〇万円の損失補てんの資金調達は、右認定のとおりであるから、高杉が、被告から、昭和五七年六月二八日に本件アサヒビール株券を引き出すに当たり、被告に対し、原告の損失金八五〇万円を入金するための金策の担保として使う旨の念書を差し入れているのも、単に同株券を被告から引き出すための方便にすぎないというべきであり、被告主張の原告の高杉個人に対する本件山村硝子株券等の貸与の事実を基礎づけるものではない。

(3) また、前記三2(二)(1)①ないし③と同旨の主張については、前記三2(二)(2)①ないし③と同旨のことをいうことができ、失当であるうえ、前記三2(二)(1)④と同旨の主張については、〈書証番号略〉、証人倉持嘉博の証言及び弁論の全趣旨によると、昭和五七年六月二八日当時の原告の被告における差引担保剰余額は一一四一万円であり、担保率を0.3とすると、約三八〇三万三三三三円の約定代金までの信用取引による買い付けをすることができ、担保が余っている状態であることが認められるが、前記三2(二)(2)④と同様の理由により被告の主張は採用できない。また、前記主張⑤と同旨の主張についても、前記四2(二)(2)のとおり被告の主張は採用できない。

(4) その他、被告主張の原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 被告の反論及び主張1(二)について

(1) 前記三2(三)(1)のとおり、相手方が代理人の権限濫用の意図を知り、又は知ることを得べかりし場合には、本人はその行為についての責に任じないと解すべきところ、前記1(二)(2)認定のとおり、高杉は、本件山村硝子株券等の流用を意図していたものであり、権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していたことが認められる。

(2) まず、原告が高杉の権限濫用意図を知っていたと認めるに足りる証拠はない。

(3) 次に、原告が高杉の権限濫用意図を知らなかったことについて、過失が認められるかにつき検討するに、この点については、前記三(三)(3)と同様のことをいうことができ、原告は、各株券を高杉に再び流用されるおそれがあることを予期することができたにもかかわらず、被告の正式の預り証の発行を求めるなど慎重な対応をとることもなく、慢然高杉を信じて各株券を預託したのであり、原告には高杉の権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったものと認められる。

(四) よって、その余の点について判断するまでもなく、本件山村硝子株券等に関する原告の主位的請求は理由がない。

3  予備的請求について

(一) 原告の主張2(一)(4)について

(1) 同2(一)(4)①アないしエの各事実は、それぞれ前記1(一)(1)ないし(4)認定のとおり認めることができる。

(2) 同2(一)(4)②の事実は、前記2(一)認定のとおり認めることができ、また、同2(一)(4)③アないしウの各事実は、それぞれ前記1(三)(1)ないし(3)認定のとおり認めることができる。そして、このように高杉が原告から信用取引のための代用有価証券の預託を受け、そのことに関して行った不法行為は、被告の「事業ノ執行」につきなされたものということができる。

(二) 前記1(一)(4)認定のとおり、本件三和銀行株券は、犬印本舗の取得株であり、高杉による借金担保への流用等により、原告自身に損害が生じているかが問題となるが、前記三3(二)のとおり、高杉の行為等により、原告自身にも損害が生じているものと解するのが相当である。

(三) 被告の反論及び主張2(一)について

前記2(二)のとおり、原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めることはできず、被告の反論及び主張2(一)は採用できない。

(四) 被告の反論及び主張2(二)について

前記三3(四)のとおり、被用者が自己の利益を図るためにその取引行為をなしたことを相手方が知り、又は重大な過失によりこれを知らなかった場合は、使用者は、損害賠償の責任を負わないものと解されるところ、前記1(二)(2)認定のとおり、高杉は、権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していた。

しかし、前記2(三)(2)認定のとおり、原告が当時、高杉の権限濫用意図を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

また、前記2(三)(3)認定のとおり、原告には、高杉の右権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったと認められるが、いまだ高杉の右意図を知らなかったことについて重大な過失があったものとまでは認められない。

(五) 損害額(原告の主張2(三)及び被告の反論及び主張2(三))について

(1) 本件山村硝子株券について

本件山村硝子株券は、前記1(三)(2)認定のとおり、高杉が三和証券信用に差し入れた後、昭和五七年九月、同株券の引渡しを受け、富田某に借金の担保として差し入れ、担保流れとなっている。担保流れとなった時期については、これを直接証明する証拠はないものの、本件において高杉が流用した株券の大部分のものは昭和五八年四月に売却されて高杉の借金の返済に充てられていることからすると、特段の反証がない以上、同月ころ担保流れとなったと推認することができる。

したがって、同月一五日の本件山村硝子株券の時価相当額一八五万円(このことは公知の事実である。)をもって損害額とすることが相当である。

(2) 本件松下通信株券、本件ホーヤ株券、本件三和銀行株券及びアサヒビール株券について

右の各株券は、前記1(三)(3)認定のとおり、第三者に売却され、昭和五八年四月二〇日、その受渡しがなされたのであるから、右受渡しの時点での各株券の時価相当額(本件松下通信株券については一三三万六五〇〇円、本件ホーヤ株券については九五万一〇〇〇円、本件三和銀行株券については五〇〇万円、本件アサヒビール株券については六四二万円(これらは公知の事実である。))をもって損害額とすることが相当である。

(六) 過失相殺(被告の反論及び主張2(四))について

前記2(三)(3)のとおり、原告には、過失が認められるほか、その後も、本件山村硝子株券等について、原告は、高杉に対し、正式の預り証の早期発行を強く要求することなく、被告の管理部等に対しても、正式の預り証の発行について問い合わせたり、異議を申し立てたりもしておらず、残高照合通知書の確認も怠ったため、高杉の不正の発見が遅れ、右の各株券の売却等を阻止することができなかったこと等の点に過失が認められ、本件山村硝子株券等についての損害賠償額を決定するに当たっては、原告に三割五分の過失があったものとして過失相殺するのが相当である。

したがって、損害認容額は、本件山村硝子株券については一二〇万二五〇〇円、本件松下通信株券については八六万八七二五円、本件ホーヤ株券については六一万八一五〇円、本件三和銀行株券については三二五万円、本件アサヒビール株券については四一七万三〇〇〇円と認める。

(七) 被告の反論及び主張2(五)について

すでに述べてきたことからすると、原告の請求が権利の濫用であると認めることはできない。

(八) よって、本件山村硝子株券等に関する原告の予備的請求は、計一〇一一万二三七五円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

六  本件日本電装株券について

1  〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一回)、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 犬印本舗は、三洋証券を通して、昭和五二年一一月二一日ころ及び同年一二月一九日ころ、それぞれ日本電装株式会社の株式一万株ずつを取得し、その後、昭和五四年一月ころ、右二万株に対する一割の無償増資割当てにより二〇〇〇株を、昭和五四年七月ころ、右合計二万二〇〇〇株に対する一割の無償増資割当により二二〇〇株を、同年一二月ころ、右合計二万四二〇〇株に対する五分の無償増資割当により一二一〇株を、昭和五五年一二月ころ、右合計二万五四一〇株に対する一割の無償増資割当により二五四一株を、昭和五六年六月ころ、右合計二万七九五一株に対する一割の無償増資割当により二七九五株を、昭和五六年一二月ころ、右合計三万〇七四六株に対する一割の無償増資割当により三〇七四株を、昭和五七年六月ころ、右合計三八二〇株に対する一割の無償増資割当により三三八二株を取得しており、本件日本電装株券は、右無償増資割当により取得した日本電装株式会社の株式の一〇〇〇株券一五枚のうちの五枚である。

(二) 高杉は、昭和五七年七月当時、手張り資金や損失補てん資金等の借入先として、光信企業及び三和証券信用を利用していたが、三和証券信用の金利日歩一〇銭に比し、光信企業の金利は日歩一八銭と高かったため、光信企業から三和証券信用に借金を借り換えることを計画した。そして、その操作の過程で、三和証券信用に差し入れる担保が五〇〇万円程度不足したため、高杉は、昭和五七年七月二八日ころ、電話で原告に対し、自己の借金担保として三和証券信用に差し入れることを秘して、原告の信用取引の担保として被告に対し五〇〇万円位の担保を追加することを依頼したところ、原告はこれを承諾した。そこで、高杉は、翌日、原告から、代用有価証券として被告に差し入れるという名目で本件日本電装株券の引渡しを受けた。

(三)(1) 高杉は、原告に無断で、三和証券信用に対し、同日、自己の借金の担保として本件日本電装株券を差し入れた。

(2) 三和証券信用は、昭和五八年四月一五日、本件日本電装株券を第三者に売却する旨約定し、同月二〇日、その受渡しをし、その代金を高杉の借金の返済に充てた。

2  主位的請求について

(一) 原告の主張1(一)(5)について

前記1(二)認定のとおり、原告は、高杉との間で、昭和五七年七月二九日ころ、被告における信用取引のための代用有価証券として、本件日本電装株券を被告に預託する旨の合意をし、これを高杉に引き渡した。

(二) 被告の反論及び主張1(一)について

(1) 被告は、本件日本電装株券も、損失保証履行のための資金調達を目的とする原告と高杉個人との株券貸借契約に基づき引渡しがなされたものである旨主張し、その根拠として、前記三2(二)(1)①ないし④と同旨の主張をする。

(2) しかしながら、前記三2(二)(1)①ないし③と同旨の主張については、前記三2(二)(2)①ないし③と同旨のことをいうことができ、失当であるうえ、前記三2(二)(1)④と同旨の主張については、〈書証番号略〉、証人倉持嘉博の証言及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五七年七月三〇日、東ソー株式会社の株式六万株を約定代金八九七万円で買い付けているところ、右買い付けに必要な所要担保は担保率を0.3とすると二六九万一〇〇〇円にすぎず、これに対し、原告の昭和五七年七月二九日当時の差引担保剰余金は八七四万四〇〇〇円であって、当時、追加担保が必要な状態ではなかったことが認められるが、前記三2(二)(2)④と同様の理由により、被告の主張は採用できない。

(3) その他、被告主張の原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 被告の反論及び主張1(二)について

(1) 前記三2(三)(1)のとおり、相手方が代理人の権限濫用の意図を知り、又は知ることを得べかりし場合には、本人はその行為についての責に任じないと解すべきところ、前記1(二)認定のとおり、高杉は、被告から本件日本電装株券の交付を受ける時点から権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していたことが認められる。

(2) まず、原告が高杉の権限濫用意図を知っていたと認めるに足りる証拠はない。

(3) 次に、原告が高杉の権限濫用意図を知らなかったことについて、過失が認められるかにつき検討するに、この点については、前記三2(三)(3)と同様のことをいうことができ、原告は、本件日本電装株券を高杉に再び流用されるおそれがあることを予期することができたにもかかわらず、被告の正式の預り証の発行を求めるなど慎重な対応をとることもなく、慢然高杉を信じて同株券を預託したのであり、以上認定の事実からすると、高杉の権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったものと認められる。

(四) よって、その余の点について判断するまでもなく、本件日本電装株券に関する原告の主位的請求は理由がない。

3  予備的請求について

(一) 原告の主張2(一)(5)について

(1) 同2(一)(5)①の事実は、前記1(一)認定のとおり認めることができる。

(2) 同2(一)(5)②の事実については、前記2(一)の認定のとおりであり、また、同2(一)(5)③の事実については、前記1(三)認定のとおりである。そして、このように高杉が原告から信用取引の担保のための代用有価証券の預託を受け、そのことに関して行った不法行為は、被告の「事業ノ執行」につきなされたものということができる。

(二) 前記1(一)認定のとおり、本件日本電装株券は、犬印本舗の取得株であり、そもそも、高杉による借金担保への流用等により、原告自身に損害が生じているのかが問題となるが、前記三3(二)のとおり、高杉の行為等により、原告自身にも損害が生じているものと解するのが相当である。

(三) 被告の反論及び主張2(一)について

前記2(二)のとおり、原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めることはできず、被告の反論及び主張2(一)は採用できない。

(四) 被告の反論及び主張2(二)について

前記三3(四)のとおり、被用者が自己の利益を図るためにその取引行為をなしたもので、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら、又は少なくとも重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められる時は、その行為に基づく損害につき、取引の相手方は使用者に対して賠償請求できないものと解されるところ、前記1(二)認定のとおり、高杉は、権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していた。

しかし、前記2(三)(2)認定のとおり、原告が当時、高杉の権限濫用意図を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

また、前記2(三)(3)認定のとおり、原告には、高杉の右権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったと認められるが、いまだ高杉の右意図を知らなかったことについて重大な過失があったものとまでは認められない。

(五) 損害額(原告の主張2(三)及び被告の反論及び主張2(三))について

本件日本電装株券は、前記1(三)(2)認定のとおり、第三者に売却され、昭和五八年四月二〇日、その受渡しがなされたのであるから、右受渡しの時点での本件日本電装株券の時価相当額六五五万円(このことは公知の事実である。)をもって損害額とすることが相当である。

(六) 過失相殺(被告の反論及び主張2(四))について

前記2(三)(3)認定のとおり、原告には、過失が認められるほか、その後も、本件日本電装株券について、原告は、高杉に対し、正式の預り証の早期発行を強く要求することなく、被告の管理部等に対しても、正式の預り証の発行について問い合わせたり、異議を申し立てたりしておらず、残高照合通知書の確認も怠ったため、高杉の不正の発見が遅れ、本件日本電装株券の売却を阻止することができなかったこと等の点に過失が認められ、本件日本電装株券についての損害賠償額を決定するに当たっては、原告に三割五分の過失があったものとして過失相殺するのが相当である。

したがって、右株券についての損害認容額は四二五万七五〇〇円と認める。

(七) 被告の反論及び主張2(五)について

すでに述べてきたところからすると、原告の請求が権利の濫用であると認めることはできない。

(八) よって、本件日本電装株券に関する原告の予備的請求は、四二五万七五〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

七  本件川崎製鉄株券について

1  主位的請求について

(一) 〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一回)、証人倉持嘉博の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 高杉は、原告に対し、昭和五七年九月上旬ころ、大阪証券代行に預託中の本件川崎製鉄株券を含む川崎製鉄株式会社の株式一〇万株の株券について名義書換をすることを勧め、その際、名義書換手数料の節約のために、高杉が大阪証券代行から引き出したうえ、川崎製鉄株式会社の株式の名義書換代理人(中央信託銀行)に直接持ち込んで名義書換手続を行い、名義書換完了後、再び大阪証券代行に差し入れるという方法をとることを提案したところ、原告はこれを承諾し、高杉に対し、同株券を大阪証券代行から引き出して名義書換をするうえで必要な書類等を交付した。

(2) その後、高杉は、同年九月九日、大阪証券代行から、右一〇万株の株券のうち本件川崎製鉄株券を除く五万株の株券を引き出したうえ、三和証券信用に自己の借金の担保として差し入れ、そのころ、右株券は、三和証券信用において、犬印本舗名義に書き換えられた。

(3) さらに、高杉は、同月二八日、三和証券信用に対し、差し替え担保の持参を約束したうえ、右差し入れた五万株の株券の払出しを受け、同株券を大阪証券代行に差し入れるとともに、同社から残りの五万株である本件川崎製鉄株券を持ち出し、それを三和証券信用に差し替え担保として差し入れ、その後、同社は、昭和五八年四月一五日、同株券を第三者に売却し、その代金をもって高杉の同社に対する借金の返済に充てた。

(4) 高杉は、昭和五七年九月二八日ころ、原告から名義書換状況を尋ねられ、本件川崎製鉄株券についてはまだ名義書換が完了しておらず、完了し次第大阪証券代行に戻す旨の説明をしたうえ、原告に対し、本件川崎製鉄株券について高杉作成の私製の預り証(〈書証番号略〉)を交付した。

なお、〈書証番号略〉の大阪証券代行の原告に対する融資に係る担保品受払状況を記載した表の中には、最初に払い出された五万株が出庫されたままの状態である旨の記載がなされ、右認定のように本件川崎製鉄株券と差し替えた旨の記載は存しないが、〈書証番号略〉中の右差し替えがなされたことは間違いない旨の高杉の供述記載部分及び〈書証番号略〉中の差し替えを示す記載が省略されたかも知れない旨の杉浦栄一の供述記載部分に照らすと、右の表は、差し替えた旨の記載を省略したものと推認される。

(二) 以上のとおり、原告は、高杉に対し、本件川崎製鉄株券の名義書換手続を委託したことは認められるものの、その委託内容は、被告において名義書換手続をするというものではなく、高杉が、同株を預託中の大阪証券代行から引き出したうえ、直接、名義書換代理人に持ち込んで名義書換手続をし、名義書換完了後は、再び大阪証券代行に差し入れるというのであって、全く被告が関与するものではない。したがって、原告は、高杉個人に対して名義書換手続を委託し、本件川崎製鉄株券を引き渡したものにすぎず、これは、証券取引法六四条一項にいう被告の「取引」に関するものということはできない。よって、右預託の効果が被告に帰属することはない。

(三) 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、本件川崎製鉄株券に関する主位的請求は理由がない。

2  予備的請求について

前記1認定のとおり、高杉は、原告から、個人的に本件川崎製鉄株券についての名義書換手続の委託を受け、同株券の引渡しを受けたものであって、本件川崎製鉄株券に関する高杉の不法行為が、被告の「事業ノ執行」につきなされたものとは認められない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件川崎製鉄株券に関する予備的請求は理由がない。

3  よって、本件川崎製鉄株券に関する原告の請求は、いずれも理由がない。

八  本件電気興業株券について

1  〈書証番号略〉、証人高杉征二の証言(第一、二回)、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 犬印本舗は、昭和五七年七月五日ころ、本件電気興業株券を取得し、その後、同株券を三洋証券に預託していた。

(二)(1) 昭和五八年二月下旬ころ、原告と高杉との間で、本件電気興業株券を売却する話が持ち上がり、高杉は、売却委託手数料を得るために、被告を通して売却することを申し入れ、原告は同株券が高杉の勧めによって買い付けたものであったこともあり、これを了解した。高杉は、本件電気興業株券を原告に無断で自己の借金の担保に差し入れる意図を有していたが、その意図は原告に秘していた。

(2) その後、原告は、高杉に対し、売値単価を一二〇〇円ないし一三〇〇円と指定したうえ、被告における売却を委託するとともに、三洋証券の外務員である新子に対し、同社に預託中の同株券を高杉に引き渡すことを指示した。

(3) 高杉は、原告の右指示を受けた新子から、昭和五八年三月二日、本件電気興業株券の引渡しを受けた。

(三)(1) 高杉は、新子から引渡しを受けた本件電気興業株券を、原告に無断で、光信企業に対し、同日、自己の一〇〇〇万円の借入金の担保として差し入れた。

(2) 光信企業は、同年四月一一日、高杉の依頼により、本件電気興業株券を第三者に売却し、同月一四日、同株券の受渡しをし、その代金を高杉の借金の返済に充てた。

なお、〈書証番号略〉中には、高杉は、原告に対し、本件電気興業株券を被告において保護預りすることを申し入れ、それを原告が承諾した旨の高杉の供述記載部分が存するが、〈書証番号略〉の被告で売らしてもらうことにして預った旨の高杉の供述記載部分及び証人高杉征二の証言(第一回)に照らし、信用できない。

また、高杉は、第一回証人尋問において、預託を受けた時は、原告のために売却するという本心であった旨、当初預った時点では流用の意思はなかったかのような供述をしているが、すでに本件三菱重工株券をはじめとする一三銘柄の株券について流用をしていること、本件電気興業株券を預ったその日のうちに、同株券を光信企業に自己の借金担保として差し入れていること、高杉は、その頃借入金の返済、金利の支払い、手張り資金、欠損金の穴埋め、弁償金の捻出、遊興費等のための金策に追われ、また、昭和五八年一月二七日ころ、顧客の西谷源内から八五〇万円を借り、その返済も迫られている状態で、金策に困っていたこと(右事実は、〈書証番号略〉によりこれを認めることができる。)及び本件電気興業株券を自己の資金繰りに使おうと考えた旨の〈書証番号略〉中の高杉の供述記載部分に照らし、信用できない。

さらに、〈書証番号略〉中には、本件電気興業株券の三洋証券からの引き出し時期が昭和五八年三月四日である旨の記載があるが、〈書証番号略〉の三月二日に新子から受け取った旨の供述、同号証添付の受渡連絡票の三月二日に持ち出された旨の記載及び高杉が光信企業に差し入れたのが同日であることに照らすと、右引出しが行われたのは同年三月二日であると認められる。

2  主位的請求について

(一) 原告の主張1(一)(7)について

前記1(二)認定のとおり、原告は、高杉に対し、昭和五八年三月二日ころ、本件電気興業株券を売却することを委託し、同株券を高杉に引き渡した。

(二) 被告の反論及び主張1(一)について

(1) 被告は、本件電気興業株券も、損失保証履行のための資金調達を目的とする原告と高杉個人との株券貸借契約に基づき引渡しがなされたものである旨主張し、その根拠として、前記三2(二)(1)①、②と同旨の主張及び原告は、本件電気興業株券を三洋証券に預けていたのであるから、同社に電話で売却を依頼することにより、容易に同株券を売却することができたにもかかわらず、わざわざ面倒な手続きを経て別の証券会社である被告において売却しようとしたことは不自然であると主張する。

(2) しかしながら、前記三2(二)(1)の①、②と同旨の主張については、前記三2(二)(2)①、②と同旨のことをいうことができ、失当であるうえ、右の最後の主張については、前記1(二)(1)認定のとおり、本件電気興業株券は、もともと、高杉の勧めによって購入した株券であることから、原告は、高杉の被告における売却の申込みに応じたのであり、何ら不自然な点はなく、この主張も失当である。

(3) その他、被告主張の原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 被告の反論及び主張1(二)について

(1) 前記三2(三)(1)のとおり、相手方が代理人の権限濫用の意図を知り、又は知ることを得べかりし場合には、本人はその行為についての責に任じないと解すべきところ、前記1(二)(1)認定のとおり、高杉は、流用する意図のもとに被告における本件電気興業株券の売却を申し入れており、高杉は、権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していた。

(2) 原告が高杉の権限濫用意思を知っていたと認めるに足りる証拠はない。

(3) 次に、原告が高杉の権限濫用意思を知らなかったことについて、過失が認められるかにつき検討するに、この点については、前記三2(三)(3)と同様のことをいうことができ、原告は、本件電気興業株券を高杉に再び流用されるおそれがあることを予期することができたにもかかわらず、被告の正式の預り証の発行を求めるなど慎重な対応をとることもなく、慢然高杉を信じて同株券を預託したのであり、以上認定の事実からすると、原告には高杉の権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったものと認められる。

(四) よって、その余の点について判断するまでもなく、本件電気興業株券に関する原告の主位的請求は理由がない。

3  予備的請求について

(一) 原告の主張2(一)(7)について

(1) 同2(一)(7)①の事実は、前記1(一)認定のとおり認めることができる。

(2) 同2(一)(7)②の事実は、前記2(一)認定のとおり、また、同2(一)(7)③の事実は、前記1(三)(1)、(2)認定のとおり、それぞれ認めることができる。そして、このように高杉が原告から売却の委託を受けて株券の預託を受け、そのことに関して行った不法行為は、被告の「事業ノ執行」につきなされたものということができる。

(二) 前記1(一)認定のとおり、本件電気興業株券は、犬印本舗の取得株であるが、これが原告自身の損害となることについては、前記三3(二)において判示したとおりである。

(三) 被告の反論及び主張2(一)について

前記2(二)のとおり、原告の高杉個人に対する株券貸与の事実を認めることはできず、被告の反論及び主張2(一)は採用できない。

(四) 被告の反論及び主張2(二)について

前記三3(四)記載のとおり、被用者が自己の利益を図るためにその取引行為をなしたもので、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら、又は少なくとも重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められる時は、その行為に基づく損害につき、取引の相手方は使用者に対して賠償請求できないものと解されるところ、前記1(二)(1)認定のとおり、高杉は、権限を濫用して自己の利益を図る意図を有していた。

しかし、前記2(三)(2)認定のとおり、原告が当時、高杉の権限濫用意図を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

また、前記2(三)(3)認定のとおり、原告には、高杉の右権限濫用意図を知らなかったことについて過失があったと認められるが、いまだ原告が高杉の右意図を知らなかったことについて重大な過失があったものとまでは認められない。

(五) 損害額(原告の主張2(三)及び被告の反論及び主張2(三))について

本件電気興業株券は、前記1(三)(2)認定のとおり、第三者に売却され、昭和五八年四月一四日、その受渡しがなされたのであるから、右受渡しの時点での本件電気興業株券の時価相当額一二九〇万円(このことは公知の事実である。)をもって損害額とすることが相当である。

(六) 過失相殺(被告の反論及び主張2(四))について

前記2(三)(3)認定のとおり、原告には、過失が認められるのであり、本件電気興業株券についての損害賠償額を決定するに当たっては、原告に三割五分の過失があったものとして過失相殺するのが相当である。

したがって、本件電気興業株券についての損害認容額は八三八万五〇〇〇円と認める。

(七) 被告の反論及び主張2(五)について

すでに述べてきたところからすると、原告の請求が権利の濫用であると認めることはできない。

(八) よって、本件電気興業株券に関する原告の予備的請求のうち、八三八万五〇〇〇円の支払及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

結論

以上のとおり、本件請求は、前記三3(八)、四3(七)、五3(八)、六3(八)及び八3(八)記載の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福富昌昭 裁判官 森義之 裁判官 西田隆裕)

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